前回の記事では、藝大大学院の修士課程がどのようなところなのかを私の体験談を交えて書きました。今回は、受験に向けての勉強方法を書こうと思います。
目次
- 入試の概要
- 藝大の修士課程の入試難易度
- どうやったら入試に合格できるか
- 音楽史の勉強法
- 語学の勉強法
- 終わりに
入試の概要
藝大大学院の入試は実技試験と語学・音楽史試験の2回に分けて行われます。実技試験では、ピアノ伴奏者と共に2曲程度のソロを演奏します。外部からの受験生の場合、ここで面接も行われます。実技試験に合格すると、語学と音楽史の試験を受験します。この記事では、主に語学と音楽史の試験対策を書こうと思います。
語学試験では、複数の言語から任意の1つを選択します。音楽史は、複数のテーマから任意の1つを選択します。いずれも出願時に届け出るので、早めに決めておくことが必要です。
詳しくは東京藝術大学入試情報サイトを必ずご自身で確認してください。
藝大の修士課程の入試難易度
藝大大学院に入ることがどのくらい難しいのか気になっている方も多いと思います。専攻や年度によっても様々ですが、はっきり言うとかなり難しい入試です。
私の場合、トロンボーンの受験者数は7名いましたが、1次の実技試験を抜けたのは2名で、最終合格者は私だけでした。他の楽器も毎年大体同じような状況で、年度によっては楽器ごとの合格者がいないという事もあります。また、同年度に管打楽器専攻で修士課程に入学した17名のうち、内部からの進学者は13名、外部からの進学者は4名でした。事実上、普段慣れ親しんだ会場で試験を受けられる内部進学者の方が有利になってしまっています。しかし、内部からの進学希望者も全員合格できる訳ではなく、残念ながら不合格となってしまう方も毎年います。
そして、不合格となる場合の多くは実技試験を突破できない場合がほとんどです。藝大大学院の場合、入学後に希望者は藝大フィルハーモニア管弦楽団での実習を受けられるので、すぐにプロオーケストラで演奏できるレベルを実技試験で求められます。
一方で、2次試験の語学や音楽史は、しっかりと対策すれば問題なく乗り越えられます。しかし、勉強が苦手という方は試験前に詰め込んでもすぐにできるようになるタイプの試験ではないので、早めに試験を意識して基礎的な積み上げを行う必要があります。
どうやったら入試に合格できるか
公式情報からは詳しい採点基準などは公開されていないため、この採点に関する記述は全て憶測になります。もし興味があれば、参考になさってください。
まず、実技試験は受験生同士の競争をベースにしていると考えられます。あらかじめ藝大側が合格させたい人数が大体決まっており、試験の成績上位者から順に合格を与えているということです。そして、金管楽器の合格者が全くいない年もあったように、必ずしも全ての楽器に合格者を出すとは限りません。つまり、実技試験を突破するには、少なくとも管打楽器全体の受験者の中で、上位に入り込む実力を身につける必要があります。(この全体の範囲がどこからどこまでなのかは分かりませんが、場合によっては弦管打楽器の可能性もあります。)残念ながら、どうすれば実技試験で上位に入れるかというのを一般化して説明することは困難を極めます。もしトロンボーンで知りたいという方がいらっしゃれば、個人レッスンをご受講ください。
一方で、2次の筆記試験では、競争というよりも絶対評価的な採点が行われている可能性が高いと考えられます。なぜなら、1次試験の合格者数から2次試験で合格者を大きく減らすことはないからです。つまり、1次試験を突破できれば、あとは目の前にある課題をしっかりこなし、不可の評価さえつかないように頑張れば良いのです。
しかし、2次試験の対策は大学入試のように赤本などがあるわけではないので、特に外部からの受験生は情報が少なく、非常に苦労されていると思います。そこで、以下の内容では、藝大学部での音楽史の授業のテキストや、これまでの傾向と対策方法を私なりにまとめていこうと思います。これらを参考にすれば、もしかすると藝大大学院入試の2次試験を突破する糸口が掴めるかもしれません。
音楽史の勉強法
まず、音楽史の勉強法です。藝大の入試情報サイトには、過去問のページがありますので、2025年度の音楽史の過去問を見てみましょう。
試験時間は午前中の2時間だということが分かります。そして、回答は全て記述式になっています。ちなみに、公開されていませんが、回答用紙は原稿用紙2枚で、自分で回答する問題の番号などを書き入れる必要があります。
そして、実技系の入試では、出願時に選んだ系列の問題から2問を選んで回答することになります。この記事では、「管弦打楽器を中心とする音楽史」の傾向と対策を書いていこうと思います。
試験問題は、大体以下の3つの問われ方をします。
- 比較しながら論じる問題
- 語彙を選択して説明する問題
- 歴史的な流れ(変化)を説明する問題
対象となる編成は大体以下の内容に分けられます。
- 管弦楽=オーケストラについて
- 弦楽器の室内楽
- 管打楽器の室内楽
- それぞれの楽器について(歴史的な教程など)
また、対象とする時代は、ほとんどの場合、17世紀から20世紀前半までの内容になっています。つまり、普段演奏する機会も多いバロック時代から現代音楽の定番作品までの内容をわかっていれば、十分試験に対応できます。
問われることの多いテーマは以下のものです。
- 交響曲の成立や発展の歴史(有名な作曲家や、管弦楽法に注目)
- 交響詩の成立や発展の歴史(有名な作曲家や、管弦楽法に注目)
- 弦楽四重奏を中心にする室内楽史(特に古典派とロマン派)
- 協奏曲の歴史(様々なジャンルの協奏曲を知っているか)
- 外国趣味について(西洋音楽が異なる文化圏から受けた影響)
- 現代音楽の主要な作品について(特に拍節、調性、楽音の概念の拡張に重要な役割を果たした作品たちや、有名曲)
そして、これらは全て藝大の学生が学ぶ西洋音楽史I,IIという授業で扱われているテーマです。この授業のシラバスは一般公開されていますが、特に重要なのは使用している教科書のU. ミヒェルス『カラー図解音楽事典』(白水社、1989年)です。
つまり、『カラー図解音楽事典』からバロックの管弦楽曲(320〜327頁)、古典派の管弦楽曲(380〜387頁)、19世紀の管弦楽曲(456〜465頁)、世紀末の音楽(476〜487頁)、20世紀の音楽総説(484〜489頁)、表現主義と十二音音楽(490〜493頁)、新古典主義(498〜503頁)、1950年以降の音楽(512〜525頁)あたりの約70ページを把握しておけば良いのです。しかも、この本の見開きページのうち片側は全て図になっているので、実際は35ページほどの内容を、上記のテーマに沿って整理すれば事足ります。
それでも心が折れてしまう…という方は、まず、自分の楽器が関わる部分だけを読んでみてください。おそらくもうすでに知っている言葉や演奏したことのある楽曲が多くあるはずです。そこから、隣の楽器や、近しい時代へと範囲を広げてみてください。
私の場合は、問われることの多いテーマごとに、ノートまとめを作りました。そうすることで脳内整理ができ、用語も覚えることができたのでおすすめです。また、歴史の試験なので、どのように変化したかにも着目することをおすすめします。そうすると、実際に自分が演奏するときにも面白いと思います。
また、できるだけ出てきた作品を聴いてみてください。そうすると、音楽史のお勉強という感じではなく、自分の演奏にも役立つ発見や、音楽の感動があり、試験対策を楽しめると思います。
また、いきなり辞典を丸暗記はきついという方は、西洋音楽史について書いている読み物から入ると良いと思います。しかし、試験に直結するのは、U. ミヒェルス『カラー図解音楽事典』(白水社、1989年)です。
語学の勉強法
語学の勉強法を解説することは、最も困難を極めます。なぜなら、過去問のほとんどが著作権上の問題を理由にネット公開されておらず、藝大に直接出向いて閲覧する以外に傾向と対策を分析することができないからです。
しかし、最も大切なことは、近年、どの外国語の場合でも日本語訳を作らせる問題しか出ていないということです。そして、紙の辞書に限って持ち込みができます。逆に言えば、試験ではいわゆる精読を求められ、外国語文献を正確に日本語訳する技能を試されていると言えます。
私がこれまで英語で受験してきた印象では、出題される英文のレベルは難関国公立大学入試の長文読解問題レベルくらいです。これらを辞書を使って和訳するので、あまり難しい内容ではありませんが、基本的な文法知識が身についていることが前提になります。そして、記述式の回答のため、時間内に全ての問題を解ききって部分点狙いの戦略が有効です。なぜなら、何も書いていない回答は絶対に得点できませんが、一部に不備があっても正しい部分があれば、部分点を取れる可能性があるからです。
私のおすすめの勉強方法は、外国語の和訳を作る練習をすることです。例えば、普段使用しているエチュードの説明部分を全訳したり、興味のある演奏会評やプログラムノートを和訳することが入門編ではおすすめです。もし可能であれば、ネットで公開されている音楽学の論文などを和訳するのが最も理想的です。もちろん、紙の辞書を使って紙に鉛筆で和訳を書いていく必要があります。
もし、本当に語学の自信がないという場合は、中学校の内容から学び直してみましょう。藝大大学院の入試の場合、いわゆる4技能(読む/聞く/話す/書く)全てではなく、読む技能と訳す技能に特化しているので、少し前時代的な語学学習方法がおすすめです。
最近ではDeepLをはじめとする翻訳ソフトが圧倒的存在感を放っており、紙辞書を用いて手で和訳を作ることはなかなか無いかもしれませんが、試験対策のためにぜひやってみてください。また、使用する辞書は、ジーニアスかウィズダムなど高校英語より上級の中辞典が良いと思います。
語学の試験勉強は付け焼き刃では対応しきれないので、可能であれば現在所属している大学の語学の授業のうち、精読を求められる授業に出てみましょう。藝大の場合は、英語上級や独語上級の内容を押さえられれば問題ありません。
終わりに
ここまでお読みくださり、ありがとうございました。実は、ネットに一般公開するのは少し憚られる情報もあり、書ききれていない部分もあります。もし、藝大大学院への進学を目指していて過去問などの情報や勉強方法のより詳しい内容を知りたい方がいればコンタクトのページよりお気軽にメールをいただければと思います。レッスンの依頼などもお待ちしております。
試験が良い結果となることを祈っています!
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